A群レンサ球菌

 A群レンサ球菌(Group A Streptococcus, Streptococcus pyogenes)は、健康なヒトの咽頭や消化管、表皮にも生息する常在細菌の一種ですが、A群レンサ球菌感染症(溶レン菌感染症)と呼ばれる各種の化膿性疾患や、産生する毒素による全身性疾患、あるいは感染後に一種の合併症として起きる免疫性疾患など、多様な疾患の原因となります。ごくありふれた病原菌・常在菌の一種であるものの、場合によっては劇症型レンサ球菌感染症(壊死性筋膜炎など)と呼ばれる進行の早い致死性疾患の原因となり、俗に人食いバクテリアと称されています。当研究室では、このA群レンサ球菌の病原性について研究を行っており、新規感染症予防法や制御法の確立を目指しています。

具体的には、以下のような研究を進めています。

・A群レンサ球菌の病原因子の構造・機能解析と宿主免疫機構制御メカニズムの解析

(プレスリリース: https://www.kyoto-u.ac.jp/ja/research-news/2021-02-15

・臨床分離株の全ゲノム解析

・A群レンサ球菌に対して特異的な新規創薬の開発

 

 

 

オートファジー

 オートファジーとは、細胞内で一過性に形成される直径0.2-1μmの二重膜構造体(オートファゴソーム)が細胞内の自己成分を取り囲み、リソソームと融合することで内容物を分解する、膜ダイナミクスによる分解系です。本システムは細胞内の一時的な飢餓状態を凌ぐために不可欠な機構ですが、不要な細胞内物質の除去(細胞内浄化)機能としても重要です。また、オートファジーは自己成分だけでなく、A群レンサ球菌をはじめ、赤痢菌、サルモネラ、リステリアなどの様々な細胞侵入性細菌の除去機能を担うことが報告されており、炎症系や抗原提示など他の免疫系とのつながりも明らかとなってきていることから、新たな免疫システムとして注目を集めています。

 オートファジーが誘導されると、隔離膜とよばれる膜構造が形成され、その隔離膜が細胞質の一部を包み囲むように伸展・成長し、最後に末端同士が融合します。こうして形成された直径およそ数十〜数百nmの内膜・外膜から成る二重膜構造体をオートファゴソームと呼びます。オートファゴソームは、中心体近くに集積しているリソソームと融合するために微小管に沿って輸送され、オートファゴソームの外膜とリソソーム膜との融合によってオートリソソームとなります。オートリソソーム内では、リソソームの加水分解酵素群により、内膜と取り込まれた細胞質由来の物質が分解されます。

 当研究室では、このオートファジーが病原性細菌を認識して殺菌する分子メカニズムを研究しています。また、病原性の高い細菌がオートファジーからどのように回避するのかについても研究しています。

 

種々の病原細菌のゲノム解析

 次世代シークエンサーの登場による加速度的なシークエンス技術の発展により、容易にかつ低コストでの全ゲノム解読が可能となり、今や100万を超える細菌のゲノム情報が国際塩基データベースに登録されています。(GenBank; 2021年12月現在)。

 当研究室では、2003年にA群レンサ球菌の全ゲノム解読を初めて発表しました。(Nakagawa et al., 2003, Genome Research)。現在、MiSeq(Illumina社)とMinION(Oxford Nanopore Technology社)の2つの次世代シークエンサーから得られる配列データを組み合わせることで、黄色ブドウ球菌や肺炎レンサ球菌など種々の病原細菌の全ゲノム配列決定や比較ゲノム解析を行っています。

 また、トランスクリプトーム解析、プロテオーム解析等を用いた複合的かつ網羅的な情報学的解析により、細菌の病原性発揮機構の全体像や複雑な宿主とのインタラクションを分子レベルで明らかにすることを目標に研究を進めています。

これまで当研究室において実施したゲノム解析の例

Streptococcus pyogenes

Streptococcus pneumoniae

Streptococcus suis

Streptococcus dyagalactiae

Staphylococcus aureus

Vibrio cholerae 

 

病原細菌に対する新規治療薬の開発

 細菌感染症に対しては多様な抗菌薬が開発されて頻用されており、多剤耐性菌の出現と蔓延により臨床の現場を悩ませています。2015年のWHOの勧告を受けて、日本でも平成28年4月に、「薬剤耐性(AMR)アクションプラン」が示されました。そのため、細菌感染症分野は新たな観点からの制御法が望まれているものの抗菌剤を超える薬剤の開発は進んでいません。

 本研究では、これまでに蓄積されたタンパク質工学や病原性細菌の遺伝子改変技術を駆使し、抗原分子の機能部位を用いた抗体のin vitroでのアフィニティマチュレーションとゲノミクスを応用することにより、細菌の種々の抗原に対する反応性の高い特異的な抗体をファージディスプレイライブラリーから選択します。さらに、その選択過程で得られる種々のクローンの塩基配列情報から結合に必須なアミノ酸配列を予測、抗原への結合に最適な結合領域を設計、各種抗原に対して結合能の高い抗体を短期間でかつ安価に得る創薬基盤を開発し、各種感染症の診断用抗体の均一化・標準化や治療用抗体の作成を目的に研究を進めています。(共同研究先:東京大学 津本研究室)